願い事


7月7日、授業を終えて三和がカードキャピタルへやってくると、店の前には色とりどりの短冊を結びつけた小さな笹が立てられていた。
「ヴァンガードが強くなりますように」
「ゆう勝したい」
等々の子どもらしい字にまじって、大人の字で「2号店出店!」と書かれた短冊をめざとく見つけながら、三和は店の扉をくぐった。
「あ、三和くん」
レジにいる店長の新田シンが顔を上げる。
「今日もよろしくお願いしますよ」
「はいはいお仕事頑張りまーす、めざせ2号店ですよねっ」 ノリよく答えて三和はレジに入り、カウンター下のスペースに荷物を置いて自分のエプロンをとりだす。
「はい? あっ、ああ…あの短冊、見られちゃいましたか」
店長は照れ笑いをしながら、カウンターに置かれた色紙を指して言った。
「三和くんも書きませんか、願い事」
「願い事…?」

オレの願い…って。

三和のなかで、深い深いところにしまい込んだなにかが、ちりちりと音をたてたような気がした。
「…いいですよ、オレは」
ややぶっきらぼうな返事になってしまったのに気付いて、あわてて茶化したような口調で付け足す。
「バイト代があがりますよーに、だったらお星様よりオーナーに願った方が早そうだし」
シンさんはまだ何か言いたそうだったが、ちょうどお客が入ってきたのを潮に三和は会話を打ち切った。

その日は来店したお客に、よかったら願い事を書いて笹に結んでいって下さいと短冊を渡していると 中学生くらいの三人組が、この店にプロファイターの櫂トシキが来ていたのは本当かと聞いてきた。
彼が高校生の頃はよく来てくれていました、と店長が答えると、「すっげー」と中学生男子はわきたった。
「かっこいいよな櫂トシキ。日本人で一人でユーロリーグ行って」
「オレ、櫂トシキみたいになれますよーに、って書こー」
「バーカ、無理じゃん」
「うるせー」
はしゃぎながら短冊を手に彼らが出て行くのを見送ってから、店長は三和に話しかけた。
「櫂くんの人気はすごいですねえ。このごろ調子はどうなんですか」
「…最近はいい感じで勝ってますよ。ランキングも上がってます」
櫂の戦績はユーロリーグの公式サイトで見ることができるし、日本の雑誌やカードゲーム系のサイトに記事が載ることもあり、三和はかかさずにそれらをチェックしていた。
櫂本人とは連絡をとっていなかったが。
三和のなかでちりちりと鳴るなにかが、大きくなったようだった。

店を閉める時間になり、外を見るといつのまにか空は厚い雨雲に覆われていた。
「せっかくみんなに願い事を書いてもらったのに、星が見えなくて残念ですねえ」
雨に降られて濡れないようにと、笹を店内にしまいながら店長が言う。
もっとも晴れていても、この街中では灯りが眩しくて星はほとんど見えないのだけれど。
傘を貸そうかと言われたのを家までくらいは保つだろうと断って、三和は店を出た。
「今夜は織姫と彦星もあえませんねぇ」とシンさんがつぶやくのが背後で聞こえた。

ざわざわ、もやもやした気持ちをかかえて三和は商店街を歩いていた。空気が水分を含んでじっとり重い。
星の見えない七夕の夜、か。どこへも届かないなら、心の奥底に隠していた願い事をそっと口にのぼせてもいいかもしれない。ふっとそう思った。

「会いたい」

口に出した途端、ずっと押し殺していたその願いの痛切さが三和を圧倒した。
会いたい会いたい会いたい。
櫂に会いたい。
視界がにじんだ。
とうとう重さに耐えかねたようにぽつ、ぽつと雨粒が落ちてきたと思うと、すぐにたたきつけるような土砂降りになった。通りからあっという間に人がいなくなる。ひと気のない通りを泣きながら三和は走った。叫んだ。
「オレは・櫂に・あいたいんだー!」
涙を雨が洗い流していった。


翌日のカードキャピタルにて。
「バイトのシフトを増やすんですか?うちは助かりますが、せっかくの夏休みなのにいいんですか」
問い返す店長に、にこっと笑って三和は頭をさげた。
「お願いします。金貯めて行きたいとこ、できたんで」



2015.7.7


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